弐 父親人物像
この子供をどう未来へ返すか、その問題の解決を探すべくコムイはしばらく研究室で調べると言い放ち、
この少年を暫く懐くアレンの部屋へ預かる事になった。
聞きたい事はやまやまだがそこでコムイはそれを止めてきた。
「先の話を聞く事でどう未来が変わってしまうのか危険だよ。真実を知る事で本来の未来が歪んでしまうかもしれない…
この子が過去へ来る事だって本来は無い事なのだから」
未来を知りたいのは皆同じ、だけどそれを知るのは命さえ関わる危険を伴う。
コムイはそう言いたいのだった。
「だけど驚いたよ、アレン君に子供が生まれたと言う未来があるとはね。もしかして好きな人が出来てから女性として
意識し始めたのかもしれないね」
「だけどアレン君が好きになる人ってどんな人かしら?」
只さえ女性の振る舞いの無いアレン、二人はその内女性としての姿となるアレンの未来に嬉しく語る。
「この髪の色からするとクロスでは無いみたいだね」
「ぶっ!何で師匠になるんですか!?」
「だって君の事を一番に知っていて常に側にいる男性となればクロスが1番頭に思いつくよ?」
「ぜーーーったいありえませんから!あの甲斐性無しの師匠だなんて」
酷い言われように教団に来る前の二人のやりとりがどんなものか想像が付く。
「でも黒髪なんて東洋系の人よね」
「僕だったりしちゃって」
「「絶対有り得ないし」」
二人がかりの否定でコムイは小さく縮こまり寂しく泣いたと言う。
そこでふとリナリーはとある黒髪の綺麗な人物を頭に過ぎる、しかし合いあわない二人にそんな淡い感情など生まれるなど
無いだろうとその考えは忘れる事にした。
アレンの部屋に移動した二人。
この少年、ユアンは不思議そうにアレンに対して質問してくる。
「そういえばパパは?」
「え…?」
母親がいるという事は父親も当然の事ながらいるという訳だが、それは本人が知る由も無い上先程まで未来に関して
聞くなと言われた手前、この少年に聞くに聞けない。
「パ…パパは今遠い所にお仕事行っちゃって暫くはお留守番なんだよ」
「え〜!パパと一緒に遊ぶ約束してたのに…でもお仕事なら仕方ないかぁ」
しかし実際この子の未来の父親となる人物がこの教団にいたらどうしようかと迷う。
もしいたらこの子の行動によって混乱するかもしれないし、それに今自分もその人物が未来の恋人だと知ってどう行動に
出るか判らないし怖い。
まだ自分はそんな色沙汰な事など興味無いのだから…。
「ユアンはパパ大好き?」
この程度の質問なら影響は無いと思い、会話を弾ませる為にも少年に話しかける。
「うん大好き!優しいし、いつも遊んでくれるし、それにすっごく強いから僕もパパみたいになるのが夢なんだ!」
話からすると未来の自分達はこの子を大切にしている事がよく判る。
自分の生まれは決して幸せでは無かったがマナに手を差し伸べられてからは人生が大きく変わった。
そんな大切な事はこの子に教えて育てたのだろうと変わらない未来の自分に安心する。
そして父親の話も聞けばきっと優しく寛大な人物なのだろうと覗える。
「…ねぇ、ママ…僕眠くなっちゃった…」
泣き腫らし慣れない場所から疲れたのだろう、アレンは瞼を擦るユアンに自分のベッドを薦め、寝かしつけた。
「おやすみユアン…」
頬にキスを送るのは昔義父にしてもらっていた事。
それはとても安心する儀式。
自分はそれをふと思い出し、自分の子供と名乗る少年に同じ行為を与える。
すやすや寝入った少年を起こさない様、そっと扉から出て行く。
「あ、アレン君。あの子は?」
「疲れたみたいで今ベッドで眠ってる」
「そっか…、あっ…あのね、ちょっと話したいんだけど部屋来てもらえる?」
「?」
目線を逸らすリナリーの様子に疑問を持ちながら二人はリナリーの部屋へと移動した。
与えられた温かいコーヒーを注ぎ込まれるカップを両手で支え、二人は横並びの状態でベッドに腰掛ける。
「あのね…、私なりの分析っていうか考えなんだけど。アレン君もあの子の父親気にならない?」
「…僕はまだ知らなくても良いかなって。もし知ってしまったら普通に接する事出来ないかもしれないし」
「そう…、じゃあ余計な事で呼んじゃったね。ごめんね、アレン君の気持ちも考えずに…」
「心配してくれる気持ちだけですごく嬉しいですよ!そんなに落ち込まないで?でももしリナリーが良いならその考え
話してくれても構いませんよ」
「でも今…」
「もし聞きたくない話に流れたら言いますから」
「気遣ってくれてありがとう…じゃあ父親の可能性である人物だけは言わないでおくわ」
余計な事かもしれないとアレンに詫びるリナリー。
推測を考える余計な性格は兄と似ていると少し落ち込んでしまう。
「えっとね…気になった疑問があってそれをずっと考えて出た結論なんだけどそれが真実とも限らないからそれは
聞き流すだけでいいから」
「はい、わかりました」
「あの子…ユアン君。まだ15のアレン君に疑問持たずに母親だと抱きついたじゃない?だからユアン君を生んだのは
この先近い未来なんじゃないかと思ったの。だからアレン君はもしかしたら今気になる男性がいるんじゃないかって…」
「え…?」
そんないる筈無いと否定を強く押すアレン。
「あとね、あの子の名前に関して何だけど。今アレン君なら自分の子供に名前を付けるならどういう風にする?」
「…出来れば亡くなった義父の名前にするかもしれません」
「やっぱり…そうだと思ったの。だけどあの子の名前は『ユアン』、だからもしかしたらアレン君の性格を考えて初めての
子供は自分と愛する夫の名前に関わる文字を取ったとしたら?」
「ユアンの『ア』と『ン』は僕の『アレン』から取ってるって事?」
「そう、だから残りの『ユ』は父親に関わる文字かもしれない…」
だからとは言え、教団内の人物とは限らない。
ただそれだけの疑問の答えだけアレンに伝え、アレンは自分の部屋へ戻る事にした。
しかしその間にもアレンの頭は『ユ』の付く人物を必死に探している自分がいる事に気づく。
あれだけ知りたくないと思っておきながら、知りたいと思う自分もいる事に矛盾で笑ってしまう。
一番に過ぎった『ユ』の付く人物、だがユアンの言う優しさなど微塵も感じない人物なので即否定した。
そんな考えてる内に自分の部屋からユアンの泣き声が聞こえる。
「ユアン!?」
急いで開いたままの部屋に入るとそこはユアン一人だけでは無く、先程否定した人物が不機嫌そうな顔で立っていた。
「おいモヤシ!何だこのガキは!!お前の部屋から五月蝿い声が聞こえてきたと思えば急に抱きついてきやがって!」
ユアンは子供特有に泣き喚き、アレンは急いで側へ走り抱き込む。
「ユアンごめんね!もう大丈夫だから…大丈夫だから」
「ふぇぇ…っ、ひっく、うぇっく…ママぁ!」
その台詞に不機嫌にしている人物、神田がこめかみをピクっとさせる。
「『ママ』だあ?!お前いつからこのガキのお守りなんか始めたんだよ。しかも母親代わりかよ」
「そんな事よりも子供を前にしてよくそんな酷い事が言えますね!出て行って下さい!」
「ちっ、言われなくても出てくに決まってんだろ!」
バン!と大きな音を立てながら部屋を後にする神田。
アレンはすっかり怯えるユアンを懸命に宥めようと頭を撫でた。
一方の神田は…
(何だよあのガキ…。ムカムカしやがる!そうだ、モヤシに似てるから余計にイライラするんだ!)
アレンに似すぎている事やあの場所にいた事など細かい疑問は考えもせず、ただ似ている事の苛立ちとそれを宥める
アレンの姿に何故か胸の内がモヤモヤした。
その気持ちがどういったものなのか理解出来ないだけにその苛立ちは次第に大きく募らせる。
「おいコムイ!何だあのガキは!!」
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