捌 芽生え
夕べから離れない神田の姿を映した記憶。
あんな事があったからであろうがそれよりも…、
『好きでも無い奴となんか願い下げだ!』
判ってはいる、自分だってまったく同じ台詞を発したいくらいだ。
なのに…何故この言葉を頭の中でリフレインするのだろうか…。
モヤモヤの残る気持ちのまま部屋へ戻ろうとすると部屋外の廊下から二人程の聞きなれた声が。
「…いつも俺はお前と何をして遊んでる?」
「んーとねー、公園で遊んでくれたりお肩に乗っけてもらったりしてる!」
「肩車か…」
すると突然行われる行為にアレンの目は疑う。
何と神田がユアンに肩車をしてあげているのであった。
(うっそ…あの神田が?!)
久々遊んでもらえているユアンは大はしゃぎで喜び、そして信じられるだろうか?喜ぶユアンに対して神田が…
(神田が…笑ってる?)
遠目からでもわかる程、神田の顔は明らかに柔らかい表情をユアンに向けられている。
見た事の無いその表情にアレンの胸奥から奏でる大きな鼓動…。
次第に上昇する体温に隠れていた感情がアレン本人に自覚させようとする。
昨日までとは違う神田の行動がアレンの気持ちを変えさせる転機になるとは誰も思いもしないであろう…。
「そういえばお前、飯は食ったのか?」
「…まだぁ、パパお腹空いたよ〜」
「んだよ、そういう事は早く言え。じゃあこのまま食堂連れていってやる」
「わ〜いvパパと一緒にご飯〜♪」
部屋の前から移動して消えていく二人にアレンは壁に背を向けながら顔を赤く染め、その場しゃがみこんだ。
「昨日と全然人が違うじゃないか…、今更ズルイよ神田…」
神田の柔らかい表情が目から焼きついて離れない。
「そんな顔出来るんじゃん…もっと…最初からしてくれれば…こんな風にならなかったのに」
湧き上がってくるこの感情の名前を理解したくない自分がここにいる。
この感情に名前を付けるとしたらそれは…
『恋』
と人は言うだろう。
暫くその場からアレンは動けずにいた…。
そして…あえて避け続けていたアレン、気づいてみれば新月まで1週間をきっていた。
ユアンが来てから母と父同時二人に囲まれる事が一度も無いユアンも本音ではきっと寂しいと思ってるかもしれない。
しかし今更気付く気持ちを神田本人に言える筈も無く、そして神田が最後に発した台詞が未だ引っかかるのか
本人に近づく事さえ躊躇させてしまう。
「好きでも無い奴…か、今更になって傷ついてる僕は本当に馬鹿みたいだ…」
先日の風呂事件ではたしかに相手が悪いのだが、今となってはあのまま抱かれるべきだったのか後悔をも感じる。
しかし気持ちの繋がって無い状態での行為などそれでも傷つくだけ、もっと早くこの気持ちに気付き、そして相手に知ってもらう事が先だった。
最初の感情と一転にして変わった思いもしない自分の気持ちと、ユアンという未来の子供がいる事実。
この子供という事実からしてもしかしたらこの関係を変えられるかもしれないとユアンとの僅かにいられるという限定が勇気となり、
決意したアレンは漸くその足を神田の部屋へと向けられる。
●言い訳●
漸く気付く自分の気持ち、あとは神田の気持ちですね。
本当はこの話は以前から練っていたネタなんですがこれを持ってくまでの流れが大分悩みました…。
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