玖 本当の心







「何やってんだ俺は…」


イライラの根源となる少女をからかうつもりだった、だが気付けば予想以上にこの少女にのめり込む自分が。
思いもしない乱れた心に、自分はこの場から逃げる様去っていた。
脳内未だに繰り返される白い少女の顔、息継ぎも知らない彼女が初々しくいつもと違う色付いた表情を
もっと見たくてつい必要以上触れてしまう。
しかし子供の様泣きじゃくる彼女から我に返り、罪悪感からその場離れたのだ。

『気持ちも繋がって無いのに…こんなの嫌だ…っ!』


「気持ちも繋がって無い、…か」


頭に残るアレンの言葉は何故か自分に対する責めをも感じて心苦しい。
自分が悪いのは分かっての事だが何故ここまで気にしてしまうのか本心では気付いていても天邪鬼な自分は
ついそれを素直に認めようとしない。
もっと素直になれば良いのにと思うのは本人でもわかってはいる事だった…。















次の朝、別に用事がある訳でも無くただ昨日の件で気になった神田はわざわざ遠回りに少女が所有する部屋の前を歩いていた。
だからと言って会える訳でも無く、会えても謝るなど素直に出来る筈も無い彼。
ただ…気になってしまうだけにその場を通ろうとするのは既に彼女に対して思う心が理解してきた証拠でもある。
だが肝心な彼女は出てくる気配が無い事に安心と残念の両天秤。

(馬鹿な行動もするもんだな俺は)

意味の無い行動だと思えば即座に彼女の部屋の前から立ち去ろうとする。
しかし突如開かれた彼女の部屋の扉。
あまりの驚きにその場固まるのだが出てきたのは彼女瓜二つの小さい子供。


「ママ〜どこ行っちゃたの…?」


半べそかきながら未だ寂しさを表せる子供、ユアン。
しかし目の前にいた父親なる人物を見つける事で悲しみに満ちていたその表情は再び明るいものへと変えていく。


「パパ!」


自分の顔を見る度喜ぶ子供、教団の人間でさえ自分に会えた事にここまで喜ぶ様な奴はいないだろう。


「パパだ〜vあ…っ、ごめんなさい…パパまだお仕事いそがしいんだよね?僕パパがお仕事終わるまで
大人しくしてるってママと約束してたんだ…」


不機嫌が続いた彼に対しての言葉を忠実に守っていたユアン。
近づこうとしていた子供はその場で急に大人しくなってしまい扉の裏へ隠れる様にそっと顔を出していた。

(あぁそうか…以前俺はアイツの事何も知らなかったからそう聞かされてたのか…)

以前神田は知らずとは言えこの子供に対して手厳しい態度を取ってしまった事を思い出す。
我ながら大人気無いと反省したのかユアンに合わせる様、その目の高さまでしゃがみこむ。


「悪かったな…もう仕事は終わった」
「ほんと…?じゃあお仕事終わったら遊んでくれるって約束覚えてる?」


そんな約束などした覚えは無いのだがそれは彼女が咄嗟に言った事なのか未来の自分が言った事なのか…
だが子供に対して知らないなど言える筈も無く、「ああ、覚えている」とユアンを喜ばせる。
彼女と同じ顔で素直に喜ぶその表情が、彼女もこんな風に笑うのだろうかと心和みが隠せない。
しかし遊ぶとしても自分個人はもちろん子供に対して一体どんな遊びをすれば良いのか知っている筈も無く、
神田は素直に質問をする。


「…いつも俺はお前と何をして遊んでる?」


未来の自分はどんな風にこの子供と遊んでいたのだろうか?
普段からの神田とは思えない程未来の自分に対し興味を示していた。


「んーとねー、公園で遊んでくれたりお肩に乗っけてもらったりしてる!」


肩に乗っける?あぁ肩車の事か…


「肩車か…」


公園などこの教団にそんな公共遊具場がある筈無いのだが肩車くらいならしてやれる。
そう思えばユアンを抱き上げ、自分の肩へと子供を乗せる。


「わー高い高い!きゃっきゃっv」


ユアンは久々遊んでもらえる行為に対して大喜び。
ただ肩車をしてあげているだけのこの喜び様にただ単純でも良いのか…とユアンが寂しがっていた事を深く罪悪感と反省をした。
そしてそんな単純な事だけで喜ぶこの子供が何故か自分も嬉しさを感じ、つい顔の表情が緩むのを本人は気付いていない。
すると肩車からの密着で気付いたユアンの腹の虫。


「…そういえばお前、飯は食ったのか?」
「…まだぁ、パパお腹空いたよ〜」


やはりな…と思えば自分も食べてない事に気付く。


「んだよ、そういう事は早く言え。じゃあこのまま食堂連れていってやる」
「わ〜いvパパと一緒にご飯〜♪」


自分でも驚く程の行動。
今までならウザイと思って放置していたのだろうが、今は正直この子供に対しては血が繋がっているからなのか、
愛しいと初めての感覚が心に満ちる。

初めて親心という物を神田は知ったのであった。







「…」
「…」
「…」







食堂は静けさに満ちていた。
否…言葉が出ないのであった。

あの神田が…
子供を肩車で食堂へ共に現れ、一緒に座って食べている光景を見れば開いた口が塞がらない。


「今夜あたり…アクマの大群が降ってくるんじゃ無いのか?」


事実を知らないリーバーなどから見れば天地ひっくり変える程の衝撃に顔を青くしていたと言う…。














「ちっ、アイツら人を化け物みたいに見やがって」


まぁ似たような存在なのは間違い無いのだが、ユアンを返し自室に戻る神田はベッドへ寝転び、今考えている事は白い少女の事だった。










それから何日か過ぎた頃だろうか?
未だ傷つき涙する姿が脳内から消えず、思い出す度心締め付けられる気分に何度も寝返りをうつ神田。

『謝る』

ただ単純にそれが出来れば苦労は無い、神田の性格を考えれば当然の事。
ユアンに対して素直に感じた自分の心。
ならば素直に自分に問いてみる、自分が彼女に対して思う心は?…と。


「俺はアイツの事を…」


コンコン

突然遮られる様に叩かれる扉の音。
まさか扉の向こうにいる人物が思いがけない相手だとは神田は知らないでいた。

















●言い訳●
前回が気付くアレンの気持ち篇でした。
今回は気付く神田の気持ち篇という事で。
しかし考えてみても神田が子供を肩車で食堂に登場なんてこんなに怖い事は無いです(笑)


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