二重生活を続けてもう1ヶ月は過ぎただろうか…、ここで僕はふと疑問を思う。
本当に師匠は気づいてないのだろうか?と。
たしかにラビには痕など残さない様、厳しく断わっていた。
しかしあの鋭い師匠がそれを気づかないで普段通り接するなど考えられない。
その瞬間怖くなり身体が震える。
もしかしたら本当は知っていて、僕が本当の事を話すのを待っているのではないのかと。
元々嘘を隠せない僕はこの時ばかりは必死に隠していたつもりだった。
もし知られているのならば僕の気持ちははっきり決めなくてはいけない。
その前に師匠がそんな僕をずっとどう思っていたのか、今宵僕は意を決して話をする事を決める。



「師匠…」


キィ…と扉の音と共に部屋の中は窓に仕切る黒いカーテンが覆い、オイルランプを照らす部屋の中クロスは書類にペンで書込みをしていた。
静かなこの時間にペン先のカリカリとした音はとても大きく聞こえる。
アレンは普段の崩さない行動を示すクロスの背を眺めながらごくりと生唾を咽喉に流しこみ、そして相手へ近づいていった。


「…どうした?もうすぐ終わるからもう少し待て」
「はい…」


クロスのベッドへ腰をかけながらアレンはクロスの横顔をじっと眺めていた。
端麗な渋さを残した大人の顔、自分は10以上も離れてるこの大人をずっと裏切っていたのかと思うと胸が締め付けられそうな想いだった。
まだ人生の半分も生きていない子供が犯した罪、わかってるつもりだったが幼い故に衝動的な行動は止められない。
覚悟は決めていた。
酷く殴られ様が蹴られ様がそれは自分の罪。
いっその事クロスの関係を諦める覚悟でいた。


「…ふぅ、終わったぞアレン」


漸く仕事の終えたクロスは棚からグラス2つと一つのワインボトルを取り出す。
片手でコルクを外すと中の赤い液体をグラスに流し込む。
適度に注ぐと一つはアレンへ差し出した。


「まぁたまには悪くないだろう?」
「師匠、まだ僕は未成年ですよ」
「だから『たまには』なんじゃねぇか」


アルコールの助けで少しは重い口を開けるかもしれないとここでふと思う、これも緊張を解す為の行為なのだろうか?
いつもとは違う演出にアレンにはこれから話す事をクロスは悟っているのではと相手の顔をまっすぐ見れなかった。


「少し甘口な物を選んだんでお前でも飲みやすいだろ」
「…はい」


俯きながら少しずつワインを口に運ぶ。


「何があったか知らないが暗い顔は好きじゃないな」
「…」


まるで反省されてる子供の様にずっと下に俯きっぱなしであった。
ここでアレンは決意し、顔を上げクロスに正直自分の事を打ち明ける。


「僕は…師匠をずっと裏切ってました。師匠だけじゃなく…他の男性にも身体を…許していました…」


クロスは無言であった。
ただワインを口に運ぶだけ…。
静かな空間を数秒待つと漸くクロスの口から言葉が零れる。


「その相手の男をどう思う?」


罵声を浴びさせられるのかと思いきや待っていた言葉では無く、ただ冷静に質問するクロスにアレンの不安は隠せない。


「えっと…その…」
「好きなのか?」


裏切りによる責められでもない質問に戸惑うしかなかった。
たしかにラビは好きであるがその想いが恋愛によるものかは正直まだわからない。
そんな困り果て言葉に出来ないアレンの前にクロスはアレンの隣へ座り、頭を優しく撫で下ろす。
そんな優しい行動に驚きを隠せず、クロスの顔を見上げた。


「俺的に恋愛は自由だと思っている、俺も正直な話過去色々な女と遊んでいたからな。
だからお前がそんな誰を好きになっても別に責めたりはしない。
ただ今まで俺ぐらいしか側に男がいなかったからそういう関係に発展したのも確かな話でもあるが、だがそんな狭い環境で縛りつけるより広い世界でお前が本当に愛する男を見つけて欲しいと思う、わかるな?」
「っ…?!」


正直ショックだった。
彼は責めるでも無く、引き留めてくれるでも無く、ただ恋愛は自由だと言い放ち簡単に切り捨てられた気分だった。
胸が痛み、瞳からは涙が溢れる。


「師匠は…僕の事簡単に切捨てられる程、それ程好きという訳では無かったんですね…」
「そういう事ではない」
「そういう事なんじゃないですか!ならば責められる方がまだマシでした!」


覚悟していた筈なのにここで本当の想いを知らされるなんて…
僕は本当に師匠が好きだったのだと。


「僕はいつだって師匠が側にいる事を望んでいたんです。
側にいない事が辛くて寂しくて…つい他の人から差し伸べられた優しさに甘えてしまったけど…本当は貴方を一番に望んでいた。僕は師匠が心から好きなんです!大好きなんです!」
「アレン…」


止まらない涙と溢れる想い、心からの訴えにクロスは優しく身体を抱きしめる。


「すまない…てっきり俺はお前を縛りつけていると思っていた。だがお前はもう自分一人で物事を考えられる立派な大人なのだと、俺が間違えていた」
「…ぅっく、師匠が離れるなんて…耐えられないです!ひっく…」
「悪い事したな、アレン…」


泣いて喚いて、時間も忘れる程。
そのまま二人は熱い口付けを交わしランプの淡い光を前に気持ちを確かめあう様、二人は夜を共にしたのであった。






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