「アスラン…やっぱり俺の事『シン』で呼んで欲しい…」
「何故?今この時は兄でいる必要はないだろう!?」
「…本当は『マユ』になれる居場所を見つけたと思ったけど…今この場で本当の名前を呼び続けられてしまったら、
もう兄の意思を違う方へ揺らいでしまいそうで…」


この人とこうして居られるのは今宵一夜だけ。
今宵が終わればもう『マユ』と呼ばれる事が無い、それを解ってるから。
ならば今までの仮の姿での名前で呼ばれた方が良い。


「その名前は抱かれる時も、そうで無い時もずっと呼ばれたい…でもそれは無理だから…だからこそ解って欲しい」
「…」


解ってる、俺にはキラがいるという事を。
それでも今この彼女を愛しいと思う事が罪悪的感情になってしまう。
おそらく様子から見て彼女も俺と同じ気持ちなのだろう…。


一夜だけの恋人


それでも本当の名前で呼ばれる事を拒否するのは以前の様な生活が出来なくなってしまうからだろう。


「…わかった、『シン』」
*
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*
防音設備内のこの部屋に二人の吐息と水音だけが木霊していた。
本当の恋人の様な優しい触れ合いにシンは喜びからなのか今宵の限定された中だという悔しさからなのか涙が止まらない。


「シン…?」
「…ごめ…泣くつもりは…止まらなくて…っ」


決めた自分の運命。
それも男として生きるのなら自分の望む結末が終えるまで女を捨てなければならない。
その辛さ苦しさはキラもそうであったのか…?
アスランは彼女を見ると2年前キラが同じ気持ちだったのかと顔を歪め、同じ様に辛い過去に戒められながら戦いの運命に
立ち上がるこの彼女にアスランの気持ちは次第に大きく募る。
シンの涙を指ですくい、唇に優しいキス。真直ぐな瞳にシンは反らしもせずお互い見つめ逢った。


「俺も…自分の気持ちに嘘を付けないな」
「?」
「正直、お前がとても愛しいと想っている…二人同時を愛してるなど罪な話だと思うが…」
「嘘だ…」


キラと自分を重ねている錯覚なのではと言葉を疑う。


「たしかに、最初はアイツに似てるからつい手を出してしまったが…今お前自身をちゃんと知った上で自分の正直な
気持ちを話をしている…本当だ」
「嘘、嘘に決まってる!だってアスランと知り合ったのなんかつい最近の事だし、それで好きだと言われても簡単に信じられない…!」
「シン…好きだ、愛している…」
「嘘だ嘘だ嘘だ…っ!」


耳を塞ぎ、アスランの言葉を拒絶するかの様に頭を左右に振る。
たしかにこうしてちゃんと話し合ったのも昨日の今日、信じてもらえる訳も無いだろう。
だがアスランの気持ちは本物であり嘘偽りは無い。


「信じられないというのならば信じてもらえるまで俺は粘るよ、毎日でも何年でも…」


強く抱きしめられ、重なる素肌の温もりにシンは落ち着きを取り戻す。


(温かい…自分はこの人を信じても良い?)


アスランの体温を感じながら、今度は自分の腕でギュっと抱きしめ返す。


「なら…信じられるまで俺を離さないで…。好きになって…また大切な人を失ったらもう立ち直れないよ…」
「あぁ…、離さない。俺がお前を…守る」


嬉しい。
でも怖い。
今はこうして自分を好きだと言ってくれてもいざ『キラ』が現れたら向こうへ行ってしまうのでは無いかと不安も大きい。
だけどこの人の言葉を信じたい、嘘の無い澄んだ瞳を。



「愛してる」





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